六義園

六義園は徳川5代目将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保の下屋敷に、柳沢自らが開園させたもので、六義園の名の由来は、中国の『詩経』に分類されている詩の分類法を和歌に適用させた紀貫之の『古今和歌集』の序文にかかれている「六義」に因んでいます。

当初は、六義園と書いて「むくさのその」とも呼ばれていた。柳沢吉保はこの『古今和歌集』に出てくる和歌を庭園で再現しようとしたものでした。

この庭園は、完成当時は、小石川後楽園と並び二大庭園と称されましたが、その後、代々柳沢家の別荘として使用される程度で徐々に荒廃していたが、明治期に三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が購入、1938年に東京市に寄贈され、一般にも公開されるようになりました。

殊に、ツツジの花は有名で、駒込=ツツジの花の街というほどの、象徴的な存在となり、庭園入り口のシダレザクラの名木は、3月末に枝いっぱいの薄紅色の花を咲かせます。

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